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高崎・和算愛好会 管理人ブログ

「小野栄重」の読み方は?・・・当惑

群馬の算額№28を奉納した、須賀宇太郎晴識(治意)や
群馬の算額№64を奉納した、須賀善太郎吉辰は、小野栄重門人と書かれています。

小野栄重について調べることにしました。

ところで、私は、小野栄重を(おのえいじゅう)と読んでいます。

間違いないだろうと思ってネットで調べてみたら、じぇじぇじぇ、
コトバンクというのに、小野栄重(おのよししげ)と載っています。
内容の説明は有っています。

その他は、高崎市の文化財課も安中市も、小野栄重(おのえいじゅう)です。

私は、小野栄重を(おのえいじゅう)と読みを振ることにしました。

確かに、江戸時代の人の名前をどのように呼んでいたかは分からないですね。
私の家でも、おじいさんのおじいさんは漢字は分かっても、なんと呼んでいたかは知りません。

小野栄重よりも新しくなって、斎藤宜長(さいとうぎちょう)、斎藤宜義(さいとうぎぎ)の
親子がいますが、(ぎちょう)や(ぎぎ)とは、当時も呼んでいないでしょう?
なんと、コトバンクでも、(ぎちょう),(ぎぎ)です。

訳がわかりません。

わたしは、今までも漢字の読みを間違えてきました。
たとえば、弧背(こはい)を(こせ)とか 矢(し)を(せ)とか。
それでできるかぎり、読み仮名を付けるようにしてきました。

できるかぎり、世の中の読みに合わせたいと思いますが、わたしがこう呼んでいるという
基準で、漢字の振り仮名をつけます。

明らかに世の中と違うようでしたら、コメント下さい。

私の今日の結論は、小野栄重を(おのえいじゅう),斎藤宜長を(さいとうぎちょう),
斎藤宜義を(さいとうぎぎ)と読むということです。

(付録)須賀宇太郎晴識や須賀善太郎吉辰の須賀を私は(すか)と読みます。
    この一族と私が考えている現在の人たちが(すか)だからです。
    先日、古墳の話で群馬町へ行きましたが、須賀クリニックというのがありました。
    こちらは、SUGAとも書かれていたので(すが)です。
    この一族とは違うと思います。

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