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高崎・和算愛好会 管理人ブログ

倉賀野の冠稲荷神社(かんむりいなりじんじゃ)へ行ってきました(1)

4月26日に、倉賀野の冠稲荷神社(かんむりいなりじんじゃ)へ行ってきました。

「群馬の算額No.106」が掲示されたと記録のある神社です。

しかし、倉賀野の冠稲荷神社は若干複雑です。

算額が掲示されたのは、慶応元年(1865年)です。
場所は倉賀野の横町(よこまち)の冠稲荷神社でしょう。
しかし、明治42年(1909年)に、社寺廃合令により、
倉賀野の上町(かみちょう)の後の倉賀野神社に併せられました。
常夜灯と石玉垣は倉賀野神社に移され、社殿は前橋川曲町の諏訪神社に売られたそうです。
その後、「町の人の夢にお稲荷さんが出て『元の場所に戻りたい』と泣く」ということで、
昭和11年(1936年)に横町に再建されています。

まず、倉賀野の横町(よこまち)の冠稲荷神社です。
130426_1001.jpg


  横道の奥に鳥居が見えます。
  鳥居の先に見えるのは、
  横町公民館です。


130426_1002.jpg


  近くに行くと、
  右手に社殿が見えます。
  写真は東を見ているのですが
  社殿は東が正面なので
  ぐるっと回りこみます。


130426_1003.jpg




  社殿の正面です。


130426_1004.jpg






130426_1005.jpg



  昭和11年  共和会
  とあります。


130426_1006.jpg



  社殿の右側に
  2面の額があります。


130426_1007.jpg



  大きな額では、
  「共和会一同」しか
  読み取れません。
  算額では無さそうですが
  77年くらい経つと
  こんなになるんですね。


130426_1008.jpg



  小さな額は、
  歌が書かれている
  ようです。



しかし、不思議ですね。
「算額は、大きな神社や寺に奉納された。」と聞いているんのですが、
なぜ、ほかに合わされてしまうような神社に掲げたのだろう?
それも、それほど近くの人では無い・・・・。

明治42年には、算額が残っていたのではないでしょうか?
掲額から、約44年ですから。

横町の冠稲荷はここまでです。長くなったので、一度終わります。
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