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高崎・和算愛好会 管理人ブログ

大河ドラマ『花燃ゆ』の船津伝次平は、石原良純さんが演ずるそうです。

『花燃ゆ』の舞台が、群馬になった。
船津伝次平の役は、石原良純さんと発表されているので、多少はセリフもあると思うので、楽しみです。

船津伝次平は、群馬県では上毛かるたの「労農船津伝次平(ろうのうふなつでんじべい)」で知られていますが、
安政3年(1856年)に赤城神社に算額(群馬の算額No.82)を奉納しています。
算額は現存していませんが、『数理神篇』下巻に載っています。
また、関流の免許皆伝(八伝)です。

『花燃ゆ』で、和算にまで触れるのは無理かなと思いますが、期待もあります。

しかし、ドラマですよね。
10月11日の第41回「いざ、群馬へ」を見ました。現実とはかなり違いますね。
ドラマの中で、木戸孝允(きどたかよし)が、『群馬の県令となっていただきたい』と言っているが、
それは無いだろう。

楫取素彦(かとりもとひこ)が新政府の役人や県令になったのは、群馬県が初めてではありません。
明治5年(1872年)に 足柄県参事になっています。
明治7年(1874年)に 熊谷県権令になっています。
明治9年(1876年)に (第二次)群馬県の県令になっています。
したがって、「いざ、群馬へ」自体がフィクションです。

群馬県も成り立ちが複雑なので、ドラマでは省略したくなるでしょうね。
明治4年(1871年) 群馬県ができました。この時の権令は青山貞(あおやまただす)です。
明治6年(1873年) 入間県と統合され、熊谷県となり初代県令は河瀬秀治(かわせひでじ)です。
              二代が楫取素彦で、権令で就任し、県令に昇進しています。
明治9年(1876年)8月21日 旧武蔵国の分は埼玉県に統合し、栃木県から三群を編入して
              群馬県(第二次)ができました。高崎が県庁になりました。
              その後県庁は一時的に前橋へ移り、以降は前橋に固定されました。

群馬県が現在と同じ『鶴舞う形(つるまうかたち)』になったのは、第二次群馬県からです。

ドラマでは、楫取素彦を初代群馬県令としていますが、正確には第二次群馬県の初代県令です。
ドラマでは、萩から前橋に馬車で赴任していますが、ここで6~7年タイムスリップしています。

ドラマですから、仕方ないですよね。こんなもんだと思ってドラマは見て下さいね。





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