高崎・和算愛好会 管理人ブログ

群馬県立歴史博物館へ行って来ました

7月28日、ガイドの会とは別に ひとりで、群馬県立歴史博物館へ行って来ました。
バスに乗って行って来ました。
このあたりの人は皆、車で行くので、バスはガラガラです。
駐車場は、かなりの混雑です。

ぐるりんバスの 群馬の森 バス停留所です。かえりもここでOKです。
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群馬の森 の概略案内図です。
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  概略案内の拡大図 はこちらをクリックしてください。


歴史博物館 正面です。
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博物館内は、撮影禁止なので、パンフレットを載せておきます。
今回は、企画展は無いので、7つの区画の展示でした。
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  上の図の拡大図 はここをクリックしてください。


原始、古代の区画にもジオラマが作られていて、人々のくらしぶりを見ることができます。
黒曜石の矢じりを作る映像紹介があったり、三角縁神獣鏡がいくつも展示されていたり
見るものがたくさんありましたが、次の3つを重点的に見てきました。

1.元禄時代の倉賀野宿を再現したジオラマ。
  やはり写真は撮れませんので、載せられません。
  近世という区画に、かなり大きく展示されていました。
  高低差がうまく表現されていないと感じましたが、ほぼイメージどおりでした。

2.吉岡町の鎮守社の算額。
  近世の区画に展示されているのですが、すみにあるので
  気づかない人がほとんどでしょう。
  『群馬の算額』という本に70番として載っています。
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3.スバル360。
  近現代の区画に展示されていました。
  パンフレットの絵を載せておきます。
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高崎市綿貫町の県立歴史博物館がリニューアルオープン

7月23日に、高崎市綿貫町の県立歴史博物館がリニューアルオープンしました。

22日と24日の上毛新聞に記事が載っていました。

倉賀野観光ガイドの会でも、倉賀野宿のジオラマを見に行こうとしています。

7月22日の記事
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7月24日の記事
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7月22日は、円周率近似値の日

郷土史の記述や、ネットの内容に疑問を持ってみると、
『7月22日は、円周率近似値の日』についても、
出典がわかりません。

22/7 と日付を書くこともあるので、円周率を分数で近似するときの値に
なるため、欧米では、円周率の日としているらしいが、
欧米人の知人がいるわけでも無く、本当か否かわかりません。

しかし、22÷7を計算してみると、
22÷7≒3.142857・・・  となり
円周率≒3.141592・・・  と小数点以下2位まで同じなので、
3.14の代りの分数として使えることが分かります。

出典は、分かりませんが、
7月22日を、『円周率近似値の日』 と呼ぶのには、賛成です。



タカタイに、大田南畝(蜀山人)の紀行文に、一里塚から高崎の城が見えるとある、と載っていた

タカタイは、上毛新聞に週一回付いてくる生活情報紙です。

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(文字が小さすぎるので、クリックすると別ウィンドウが開いて、大きな絵が見えるようにした
 つもりだが、うまく行かない。ホームページでは良かったがブログではダメ。
 小さな絵は、 2016_07_18_3_1.jpg  550x245
 大きな絵は、 2016_07_18_3_2.jpg  2886x1287 です。)

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(こちらも、クリックすると・・・・・・縦のサイズが大きかったので、もっと悪い。
 小さな絵は、 2016_07_18_4_1.jpg  550x397
 大きな絵は、 2016_07_18_4_2.jpg  2956x2137 です。)

こちらには、「写し巡礼」(容易に行くことのできない遠くの巡礼地を身近な場所に模して
作り、巡礼の機会を増やそうとしたもの。)の説明が載っていました。

7月11日に行ってきた、伊勢崎市華蔵寺の碑も、「写し巡礼」という事なのだろう。
 






今夏も、八丁〆(はっちょうじめ)を見つけました

7月12日に、新しい八丁〆(はっちょうじめ)を見つけました。
場所は、いつものところです。
このブログをはじめて、4回目の夏になったという事ですね。

こちらは、安楽寺前の歩道橋のたもとです。
ローソンが無くなりましたが、近くに公文の塾ができました。
まいとし、少しずつ変わっていきます。
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大鶴巻古墳の近くです。
数年前は、堀で稲作がされていたのですが、ことしは池のままです。
6月に、倉賀野観光ガイドの会の研修で来た時は、さかさの大鶴巻がきれいでした。
今は、水草がいっぱいで、さかさ大鶴巻は良く見えません。
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伊勢崎市の華蔵寺へ、拓美の会(拓本同好会)で、採拓に行って来ました

7月11日に、伊勢崎市の華蔵寺へ、拓美の会(拓本同好会)で、採拓に行って来ました。
華蔵寺の回りには、石碑や文化財がたくさんありますが、今回の採拓の対象は、
西国三十三番札所に因む線刻仏像画の石碑です。

華蔵寺は、天台宗のお寺です。
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国指定天然記念物の 華蔵寺のキンモクセイ がありました。
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この寺のうらの丘に、石碑がたくさんあります。
今回は、28番の丹後国成相寺(なりあいじ)と29番丹後国松尾寺(まつのおでら)の石碑を採拓しました。
どちらの碑も、丘の中腹にあり、傾斜のきつい場所での採拓になり、非常に疲れました。

28番の丹後国成相寺(なりあいじ)の石碑です。すこし小さめです。
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久しぶりの採拓なので、いろいろ教えてもらい,てつだってもらいました。
少しむらが目立ちますね。


29番丹後国松尾寺(まつのおでら)の石碑です。少し大きめで全紙1枚にちょうどよいくらいです。
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だいぶ薄めですね。傾斜地での作業のため、疲れ切って早めに終わりにしたためです。
こんなに傾斜地での作業がつらいものとは思いませんでした。

当日は、日差しも強く、十分に打ち込みが終わらないうちに紙が乾いてしまい、
2回ほど霧吹きで水分の補充をしましたが、満足に打ち込めませんでした。



「和算王国・群馬」歴史や特色紹介  講演が上毛新聞に載っていました

久しぶりに、和算関連の記事が上毛新聞に載っていました。

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「倉賀野おもてなし館」が1周年を迎えました

7月3日に、『真田丸の時代の倉賀野』という歴史講話があったのですが、
参加しませんでした。

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五万石騒動義人慰霊堂へ行って来ました。

6月30日に、高崎市中央図書館に本を返却してきました。
行く途中で、大きく遠回りをして、五万石騒動義人慰霊堂へ行って来ました。

先日、明治の終わりに細野格城が書いた、『五万石騒動』という本を見せて
戴く機会があり、五万石騒動義人慰霊堂へ行ったことが無かったので。

大総代の三人が斬首になったのは、比較的知られているのですが、
倉賀野の総代の内、二人が犠牲になっていることは、あまり知られていません。

上正六の湯浅己代吉(または、三代吉)さんは、牢で取り調べ中に亡くなりました。
下正六の堀口六左衛門(または、堀口啓次郎,堀口桂次郎)さんは、
八丈島への流罪となり、明治13年にそちらで亡くなりました。

慰霊堂には、騒動犠牲者芳名 の 牢死の項に、
湯浅三代吉,堀口桂次郎とありました。
倉賀野とか正六とか無いので分かりにくいですね。

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倉賀野観光ガイドの会の初ガイド

6月29日に、倉賀野観光ガイドの会で初ガイドをやってきました。

1か所だけ担当しましたが、なかなか思うようにはいかないものです。

説明の途中で、思わぬ質問に答えられず、あたふた、時間切れ終了。
100点満点で20点くらいでした。

これに懲りずに、練習します。まだ、3回しか研修もなかったし。

翌日の上毛新聞に載っていました。
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