高崎・和算愛好会 管理人ブログ

上毛電鉄「高崎商科大学前駅」に行ってきました。

5月24日、高崎商科大学前駅から山上碑(やまのうえのひ)への入口にも
碑があるという情報を聞いて、見に行ってきました。
2016_05_24_11.jpg
無人駅です。切符は運転手さんが回収してくれました。高崎から250円です。
帰りは、乗車時に整理券を取る必要があります。

駅から、上野三碑(こうずけさんぴ)の旗が見えます。
旗の近くに、碑らしきものが見えます。
2016_05_24_12.jpg

すぐに、見つかりました。
2016_05_24_13.jpg

万葉 巻4第710 です。
26番目の 万葉 巻4第709 の返歌です。
2000年に作られた拓本集「石碑之路」に、
『ワイヤーロープが切れてそのまま途中に放置された。』と書かれている。
2016_05_24_14.jpg

石が割れているように見えるのは、ワイヤーロープが切れた時の影響なのだろうか?
2016_05_24_15.jpg
2016_05_24_16.jpg
26番の書体と合わせてある。2つが向かい合って設置されれば、
26番だけが、左行から右行へ書かれている理由も分かる気がする。


すぐ近くに、万葉 巻1第39 の碑がある。
これも、拓本集「石碑之路」に、
『どこかに建てられていることを願いつつ・・・』とあるものです。
よかったここにあります。
2016_05_24_17.jpg
2016_05_24_18.jpg
2016_05_24_19.jpg




スポンサーサイト

高崎 「石碑の路(いしぶみのみち)」へ行ってきました

5月22日に、高崎観光ガイドの会が募集した、「世界記憶遺産候補 
山上碑(やまのうえのひ)、金井沢碑(かないざわのひ)と周辺を歩く」に参加して
高崎 「石碑の路」を歩いて来ました。

上信電鉄山名(やまな)駅~上信電鉄根小屋(ねごや)駅までの約6Kmです。
根小屋城址へは行きませんでした。

3月に拓美の会で、採択に行く予定でしたが、花粉症がひどく行けなかったところです。

はじめてのところへ、一人で行って採択は無理なので、全体像の把握を目標にしました。

今回は、40人ほどが3班に分かれて回ったのですが、人が写り込んでしまい
団体行動なので、あまり自由に写真をとることができませんでした。

ここには、山上碑(やまのうえのひ)、金井沢碑(かないざわのひ)のほかに、
万葉集の巻14東歌(あずまうた)や巻20防人歌(さきもりのうた)を刻んだ碑や
昭和天皇御製の歌,新島襄の言葉,山村暮鳥の詩,大手拓次の詩ほかが刻まれた碑
合わせて29基があります。

高崎市が作成した「高崎自然歩道ガイドマップ」(現在増刷中で入手できませんでした。)
に載っています。

今回はその、1~4,6~14,23~29の20基を見て来ました。
これらは、他のブログでも紹介されています。
今回、写真は撮れませんでしたので、興味のある方は他で見て下さい。

今回は、これ以上の碑を見ることができました。

29基の碑は、昭和50年(1975年)~平成13年(2001年)、信澤克己氏により
建てられたものですが、信澤氏が亡くなった時に、建設予定の碑が10数基残っていたようです。

2009年4月22日に、高崎商科大学の学生たちと、克己氏のご子息の信澤卓氏を中心に
 「石碑の路 再生プロジェクト」が始まり、
2012年8月18日、5基の追加設置が完了したようです。
現在は、残り10基の設置検討中ということです。

2012年9月7日の上毛新聞21面に紹介された記事です。
20120907_2578920.jpg
上の記事は、信澤工業のスタッフブログからの転載です。

追加の5基の写真が撮れなかったので、
新緑の石碑の路を歩く(4) ( 群馬県 ) - 高崎市南八幡地域及び周辺の名所等を紹介しています。 - Yahoo!ブログ
からの転載です。
2016_05_24_1.jpg
2016_05_24_2.jpg

建設中の4基も、十分に写真が撮れなかったので、
新緑の石碑の路を歩く(4) ( 群馬県 ) - 高崎市南八幡地域及び周辺の名所等を紹介しています。 - Yahoo!ブログ
からの転載です。
2016_05_24_3.jpg

現在は、次のように簡単な説明が付いていました。
2016_05_22_4.jpg
2016_05_22_5.jpg
2016_05_22_6.jpg

このほかに、3つ目の万葉 巻14第3473 の碑の近くに建設中のものが1基ありました。
2016_05_22_7.jpg
内容は、万葉 巻14第3473 です。
揮毫者が違う同じ内容の碑なのでしょうか?良く見てこなかったので、疑問符です。








「倉賀野観光ガイドの会」に入会しました

5月18日は、「拓美の会」で山梨県の市川大門へ採拓に行く予定でしたが、
参加できませんでした。

5月12日に、会費を納入して、正式に「倉賀野観光ガイドの会」に入会しました。
2016_05_倉賀野観光ガイドの会

高崎市の名所旧跡案内板の、倉賀野地区22か所が分かりました。

先日、ブログに書いた17か所以外の5か所は次のとおりです。

69.小鶴巻古墳
71.下正六の石橋供養塔
77.倉賀野電修場跡
83.天下一角兵衛流 田子屋の獅子
88.一本杉

倉賀野地区22か所は、68番~89番までの番号が付いていました。

一応、すべて見て回ったが、ガイドにの会の講師から、
『完全に間違えているところがある。』と聞いています。
内容はまだ分かりません。

私が、見て回った限りでも、「誤記や誤字、脱字」がいくつかあり、
読み方の分からない漢字、熟語?がいくつもありました。

次回、5月23日の、ガイドコースの案内の時に一緒に教えてくれるそうです。

私が、まったく知らなかったものを載せておきます。
71.下正六の石橋供養塔

2016_05_19_2.jpg

案内板の後ろに、フレッセイ倉賀野西店の看板が見えます。

2016_05_19_3.jpg
五貫堀から分かれて、粕沢へ流入する用水にかかる橋なのでしょう。
今は、橋のようには思えませんが、良く見れば橋ですね。

写真の右側が石橋供養塔です。
上の方に、合掌した像がありますが、良く分かりません。
2016_05_19_4.jpg
右の面に、 安永七戊戌年 四月吉祥日
左の面に、 下正六中  6名の名前

左側が如意輪観音塔です。座像です。
2016_05_19_5.jpg
像を取り巻くように、文字があります。
右側 文化十二年
上側 亥
左側 四月吉日

2016_05_19_6.jpg
裏側に、「下正六村中 石橋せハ人」とあり、10名の姓名が刻まれています。










倉賀野の名所旧跡案内板を見て回ってみました。

<2016_05_19 倉賀野城跡 を書き漏らしていたので、追記し 16枚を17枚に修正しました。>

高崎市の名所旧跡案内板が、倉賀野に22枚あると聞いたので、探してみました。

17枚までは見つかりました。

井戸八幡宮縁の井戸と大神輿
下正六の観音様
加賀藩御典医 森良齋灰塚
冠稲荷神社
九品寺
高札場・上町問屋場跡
新堤(通称桜木町鯉池)
諏訪神社
鼠供養塔・倉賀野八景奉納額・板碑
倉賀野宿本陣跡
倉賀野城跡
太鼓橋
中山道の一里塚跡
田屋町河岸道「馬街道と牛街道」
粕沢橋と粕沢立場跡
北向道祖神


さらに、もう1つ  小鶴巻古墳 にあるようです。

残りの4件も、じきに分かるでしょう。
17か所については、写真も撮ってきました。
多すぎるので、1か所だけ載せておきます。

加賀藩御典医 森良齋灰塚
2016_05_10_1_ 加賀藩御典医 森良齋灰塚

この案内板は、永泉寺の墓地内にありました。

こんな風に立っています。話は知っていましたが、行ったのは初めてでした。

2016_05_10_2_.jpg



 

4月26日の上毛新聞に、大手拓次の薔薇忌が載っていました

昨年の11月に、磯部文学碑公園へ拓本を取りに行った時に、大手拓次を知りました。

その時のブログページは拓本を採りに安中市の磯部文学碑公園へ行ってきました(3)大手拓次

2016_05_01_1.jpg
2016_05_01_2.jpg