高崎・和算愛好会 管理人ブログ

寺子屋の門弟リストに、須賀宇太郎の名前を見つけました

『高崎市史 資料編8近世Ⅳ』という本を見ていたら、466ページに「須賀宇太郎」を見つけました。

この資料は、倉賀野の「大杉神社の神主高木定幸」の門弟帳で、
資料名は  「癸亥享和三年正月 手習門弟帳」 です。

癸亥(みずのと い)は干支で、享和三年は西暦1803年にあたります。

私の説では、
群馬の算額№28を奉納した 須賀宇太郎治意 または 須賀宇太郎晴識 と
群馬の算額№46を奉納した 須賀善太郎吉辰 と
倉賀野の問屋年寄の須賀善太郎吉蠲とは、同一人物であるから、
各種資料より、寛政9巳年(西暦1797年)11月17日生まれとなります。

享和3年(西暦1803年)は6歳であったと考えられ、寺子屋に通っていても不思議でありません。
したがって、この門弟帳は、後に算額を奉納した須賀宇太郎の足跡と考えられます。

この寺子屋では、「手習い」と「算術」を教えていたようですが、須賀宇太郎は
手習いを教わっていたようです。まだ6歳ですから。





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ハクビシンがいた。

11月6日朝、柿の木にハクビシンがいました。

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下の写真で、黄色の丸の中が顔です。
鼻筋が白く、たぬきとは顔が違うので、ハクビシンだと思います。

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話には聞いたことがあるが、家の庭にまで来ていたとは、びっくりです。
住み着かれたりしないように、見回りをしました。

以降、2週間以上経ちますが、一度も見かけていません。

小さい時から、『鳥の分け前を残すように。』と言われていて、
簡単に取れない高いところは実を残して来ました。
ハクビシンが来た時は、からすが2羽激しい威嚇をしていました。

からすは、あまり来ないのに、意外と頼もしいと、初めて味方に感じました。

むくどり、すずめ、名を知らない小鳥達、ひよどりが時々来ています。

来年は、どうしようかな。ハクビシンは怖いし。




群馬県和算研究会の例会で、桐生へ行ってきました

11月1日、群馬県和算研究会の例会で、桐生へ行ってきました

5月に桐生へ行ったときに、改装中だった、『花ぱん』の小松屋さんの改装も終わっていました。
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時間が有ったので、織物参考館”紫(ゆかり)”のお店へ行って、
森秀織物の干支(えと)カレンダーを買ってきました。
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天満宮へ行って、奉納算額の説明額を見てきました。
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目立たないところにあるので、知っている人が少ないと思います。舞台の裏です。
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                    ↑
        わかりますか?  ここにちょっと見えています。

やっと、群馬大学理工学部へ着いたら、クラシックカーフェスティバルをやっていて、
大変なにぎわいでした。
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和算研究会で、『続 群馬の算額解法』を購入しました。
わたしも1%くらい参加させていただきました。
548ページ中の6ページですから1%くらいです。
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他にも、和算研究会の内容がいろいろあるのですが、
寄り道しすぎたので今日はここまでです。