高崎・和算愛好会 管理人ブログ

群馬の算額106の第2問を考えて、サイクロイドから学ぶ

群馬の算額106の第2問の問題を、ホームページに載せたが、問題文の意味も分からない。
術文も記録されていないので分からない。
「樹林寺奉額算題」には、『答曰 術ハ本面ニアリ是ニ略』とある。本面とは何か?
たぶん、本面とは神社に掲げた算額のことだろう。この算額も残っていないので、分からない。

問題文を理解するために、まず、サイクロイドから学ぶことにした。(遠い)

サイクロイドという名前は知っているが、内容は良く分からない。
ここから確認することにした。

ウェブで検索して、次の2つから学んだ。
サイクロイド BIGLOBE百科事典
サイクロイド 物理のかぎしっぽ

和算では、擺線(はいせん)と呼ばれたとのこと。

次は、和算での扱いを学ぶ。

東北大学の和算資料データベースで、「法氏転規草」という資料を見つけた。
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残念ながら、読みにくい、拡大しても・・・。
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増修日本数学史を見るように書き込みがある。
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国立国会図書館のデジタルデータに『増修日本数学史』を見ると、
ページ数が少し違うが、似たような図がある。
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拡大しても、式の内容が良く分からない。

どちらも、これでは、内容を学ぶ手がかりには無理。
もっと中身が分かるように・・・と不満もあるが、雰囲気は感じられた。

結局、『算法求積通考 巻之五』で学ぶことにした。
「和算の館」から以前に入手したもの。やっぱり、意味が分かって記録しているものは違う。
拡大しても十分に使用に耐える。


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また、名前の読み方 法道寺善 

小野栄重(おのえいじゅう)の読み方について、当惑したことを以前に書いたが、
今度は、法道寺善である。

この人に関しては、以前からの知識は持っておらず、群馬の算額106に、
「法道寺善門人」とあることから、ウェブで読みを調べて(ほうどうじぜん)と
読んでいた。
中には、(ほうどうじよし)とも読むと、注の有ったものも見た気がするが
今は探しても見つからない。

たまたま、山陽和算研究会会誌第23号に、(ほうどうじよし)と大きく載っている。
吉川弘文館発行の『国史大辞典』第12巻からの転載とのこと。

『うーん』と悩んだが、わたしは次のように決めました。
「(ほうどうじぜん)とよむ、ただし(ほうどうじよし)とよむこともある。」

どうも、こうでなくてはならないというのは無いらしい。

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高崎学検定 第5回プレ講座「知られざる 榛名神社の魅力」を聞いてきました

榛名神社は延喜式にある、由緒ある神社です。
非常に興味あるお話でした。

榛名神社にも、算額が奉納されていますが、今回はこのお話はありませんでした。

頂いた、高崎市榛名歴史民俗資料館の冊子に載っていましたので、コピーを上げます。

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そのうちに高崎市のホームページに音声が載ります。

群馬の算額106の第4問、問題掲示しました。=詳細=

群馬の算額106の第4問、やっと薄明かりが見えました。

6月の初めから、群馬の算額106の第4問の解法検討に取り組みましたが、
1か月以上経っても解法の糸口が見えませんでした。

円環の問題の基礎力を身に付けるため、算法助術(さんぽうじょじゅつ)を
学んでみましたが、基礎では届かないようでした。

7月14日に、群馬県和算研究会で今後の進め方についてアドバイスを
お願いしました。

『四円傍斜術』,『平山諦の和算史上の人々』『反転法』を学んでみたら
どうかというアドバイスを受けました。

『平山諦の和算史上の人々』は、まだ見ていないが、
『四円傍斜術』は、算法助術(さんぽうじょじゅつ)の公式72のことで
私の基礎力を付ける考えは正しそうだと分かった。

『反転法』は、和算で無くて洋算の範囲とのことだが、私は学校で習った
覚えが無い。一般には、学校で教える範囲には無いとの事。
19世紀ころから主にフランスで発展したものらしい。

グーグルで、「四円傍斜術 法道寺善」を検索したら、
アルべロスに関連した問題
という、台東区立柏葉中学校の永井信一先生の早数教分科会レポートを見つけた。
これによると、法道寺善の解法は、反転法に近いらしい。


これから学ぶ方向が決まった。
『反転法』を学んで、群馬の算額106の第4問を解く。
(法道寺善の考え方に関しては、理解できていない部分があるので、
先に反転法で考えて、そのあとで、法道寺善の考え方に近づこうと思う。)


なにか解けそうな感じがする。

八丁注連(はっちょうじめ)

7月12日に、倉賀野の安楽寺近くの歩道橋のたもとで、新しい八丁じめを見た。
「先ほど、小型トラックに乗った人たちが付けていた。」とのこと。

「祇園祭りに関係している。」とか「農休み」の前とか聞くが良く分からない。

『倉賀野物語』という本には、
『八丁〆は安楽寺が発行元である。これは疫病除けの神で・・・伝染病を町内毎に
しめだしてしまうという意味・・・青竹に厄除け札と〆をつけて字(あざ)境いに立てる。』
とある。

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歩道橋のたもとの 八丁じめ。

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厄除け札?  ピントがずれた。

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古墳の近くの 八丁じめ。むこうに見えるのは、大鶴巻古墳。

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厄除け札。


《7月14日追加》
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倉賀野の脇本陣須賀喜太郎宅(今はメンテナンス中〉の東側にも、八丁じめが有った。
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厄除け札が付いている。
道路の先に見えるのが、群馬銀行倉賀野支店、もう一つの倉賀野の脇本陣須賀庄兵衛跡の東半分に立っている。

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倉賀野の仲町の山車倉では、祭り(?)をやっていた。
祇園祭りだろうか、八坂大神と書いた万灯が左右に有るので、たぶんそうだろう。これも疫病除け。
小さい頃の思い出に無い。
思い出には、かすかに、『てんのうさま』とか『万灯行列』『戦い終わって、万灯をひきずって、
雷雨の中を帰る人々』がある。これは何だろう?。

《7月17日追加》
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倉賀野の西側の並木跡にも、八丁じめがあった。
少し見にくい写真になってしまったが、真中の松の手前。
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厄除け札は、破れてすでに無い。竹に付けたこよりの部分が残るのみ。
江戸の頃は、高崎から倉賀野の間に、並木が有った。杉に松が混じっていたという。
近年、道路の中央分離帯として、並木が復活したこともあったが、出動中の消防車が乗り上げて
何人も亡くなる大事故を起こしたりして、また無くなった。
今は、道路の北側にわずかに松の植林があるのみ。
 
《7月21日追加》
倉賀野の九品寺(くほんじ)の角でも、八丁じめらしきものを見つけた。
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近寄って見ると、厄除け札が付いている。
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高崎市市民活動センター(ソシアス)へ行く途中で、八丁じめらしい笹竹を見つけた。
ここは、引間(ひきま)町と棟高(むなだか)町の境(さかい)なので、八丁じめだろう。
厄除け札が無いのが残念。
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近くで見ると、厄除け札は無いが、付いていたらしき こより が見えた。
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《7月25日追記》
図書館で本を読むと、八丁じめ が載っていたので、上げておきます。
『上州路 その旅人たち』の小林一茶の記事の中に紹介されています。

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下は、前にも書いた、『倉賀野物語』です。
少し疑問に思う記述もありますが、昭和の頃の写真が乗っています。
厄除け札らしきもののほかに、御幣らしきものが付いているようです。

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