高崎・和算愛好会 管理人ブログ

NHK BS歴史館 で 関孝和 が取り上げられます

6月20日の午後8時からの、NHK BSプレミアム で、江戸のスーパー日本人1として関孝和が取り上げられます。関孝和に関しては、残っている史実が少なく、実像は良く分かりません。伝説はいろいろあるのですが事実とは異なるものがほとんどだそうです。

私もホームページを始めるに当たって、まずは関孝和からといろいろ本を読みましたが、非常に広い業績と、捉えどころの無さで、途中でやめてしまいました。

今は、明治の小学読本の説明が最も適切と思っています。

BS歴史館で、どのように取り上げるのか、非常に楽しみです。

『天地明察』の時の関孝和みたいに、『う~ん ちがうよな~』とならないように祈ります。
 
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『和算の図形公式』の説明に、〈解法の方針〉を書き始めた

6月に入ってから、少し図形の解法の基礎力を付けたいと考えて、『和算の図形公式』を参考にして、算法助術(さんぽうじょじゅつ)を読んでいる。

3日ほど前から、公式49に取り組んでいたが、式の変形の誤りや、計算間違えを繰り返し答えにたどり着けなかった。

何をやっているか分からなくなって、集中できないことがつずいている。
『年を取ったからなのかな~』とさみしくなってくるが、しかたがない。

対策として、『こうにやれば解けるかな?』と思ったところで、〈解法の方針〉として、大まかな流れを書いてしまい、後は方針に従って少しずつ進めるようにした。

これで、公式49は、なんとか答えにたどりついた。

しばらくは、この方法で、答えにたどりつけるだろうと思う。
前に書いたものにも、〈解法の方針〉を付けた方が良いかもしれないが、その余力は有りません。

「小野栄重」の読み方は?・・・当惑

群馬の算額№28を奉納した、須賀宇太郎晴識(治意)や
群馬の算額№64を奉納した、須賀善太郎吉辰は、小野栄重門人と書かれています。

小野栄重について調べることにしました。

ところで、私は、小野栄重を(おのえいじゅう)と読んでいます。

間違いないだろうと思ってネットで調べてみたら、じぇじぇじぇ、
コトバンクというのに、小野栄重(おのよししげ)と載っています。
内容の説明は有っています。

その他は、高崎市の文化財課も安中市も、小野栄重(おのえいじゅう)です。

私は、小野栄重を(おのえいじゅう)と読みを振ることにしました。

確かに、江戸時代の人の名前をどのように呼んでいたかは分からないですね。
私の家でも、おじいさんのおじいさんは漢字は分かっても、なんと呼んでいたかは知りません。

小野栄重よりも新しくなって、斎藤宜長(さいとうぎちょう)、斎藤宜義(さいとうぎぎ)の
親子がいますが、(ぎちょう)や(ぎぎ)とは、当時も呼んでいないでしょう?
なんと、コトバンクでも、(ぎちょう),(ぎぎ)です。

訳がわかりません。

わたしは、今までも漢字の読みを間違えてきました。
たとえば、弧背(こはい)を(こせ)とか 矢(し)を(せ)とか。
それでできるかぎり、読み仮名を付けるようにしてきました。

できるかぎり、世の中の読みに合わせたいと思いますが、わたしがこう呼んでいるという
基準で、漢字の振り仮名をつけます。

明らかに世の中と違うようでしたら、コメント下さい。

私の今日の結論は、小野栄重を(おのえいじゅう),斎藤宜長を(さいとうぎちょう),
斎藤宜義を(さいとうぎぎ)と読むということです。

(付録)須賀宇太郎晴識や須賀善太郎吉辰の須賀を私は(すか)と読みます。
    この一族と私が考えている現在の人たちが(すか)だからです。
    先日、古墳の話で群馬町へ行きましたが、須賀クリニックというのがありました。
    こちらは、SUGAとも書かれていたので(すが)です。
    この一族とは違うと思います。