高崎・和算愛好会 管理人ブログ

山名の「石碑の路(いしぶみのみち)」へ、拓本を採りに行ってきました

4月24日に、拓美の会で、山名の石碑の路へ採拓に行って来ました。

山ノ上碑駐車場から、石碑の路へ途中から入ります。
ここから先には、トイレがありません。採拓用に、水をペットボトルにたくさん持って出発です。
「高崎自然歩道」の案内板と、石碑の路4番目の碑が見えます。
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石碑の路4番目の碑です。万葉巻14-3403。
今日は、7番目の碑を目指して、先に進みます。
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長い石段です。水6リットル超と拓本用具を持って、2回休みで登りました。
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山ノ上碑へ到着です。
左のミドリの覆屋(おおいや)の中に、山ノ上の碑があります。
覆屋の窓から山ノ上碑を覗きました。覆屋には碑文の説明があります。

覆屋の右に、円墳があり、ますさらに右に石碑の路がつづきます。
左端に、石碑の路6番目の碑があります。万葉巻14-3402。
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覆屋に向き合って、説明板があります。
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7番目の碑が、路の右に見えてきました。
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7番目の碑の説明板です。万葉巻14-3545。
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7番目の碑です。カタカナで書かれています。
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採拓しました。なかなか満足できるものが取れず、2枚取りましたが、体力が続かず、
2枚で終わりにしました。ちょっと不満。
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採拓中に気になったのですが、揮毫は山本聿水(やまもといっすい)ですが、
カタカナで「イッスイ カク」とあるだけです。
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ほかの、山本聿水の揮毫の碑はどうなのか?11番の碑を見に行きました。
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う~む。11番の碑は、本文は、万葉かな 名前は漢字で落款ありです。疑問は解決しませんでした。
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万葉巻14-3531です。
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お昼も食べて、体力も少し戻ったので、採拓しました。
碑面に丸みがあって、拓本にシワが出てしまいます。2回試みたが、うまく採れなかった。
からだもクタクタで、ここであきらめました。
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山本聿水とあるはずですが、「聿」の字はそれらしく見えます。
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今回は、疲労困憊で帰ってきました。2日間も腕,ももの筋肉痛が残りました。
去年に比べて体力の衰えが気になります。





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色彩魚拓は、見に行けませんでした

4月15日の上毛新聞に、色彩魚拓の作品展の記事が載っていました。

「色彩魚拓は、魚に和紙をかぶせて顔料を含ませた綿でたたきながら制作する。」と
あり、魚に墨を塗って取る魚拓とはまったくちがうものです。

わたしがやっている拓本と同じようなものです。

拓本にも、色彩拓というのがありますが、その仲間です。
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16日に行こうとしたのですが、「サラダパークぬまた」までは、JR東日本の沼田駅から
バスで30分ほどのところにあり、土日はバスが4往復しかない。
月~金なら、バスも倍くらいあるのに。

残念ながら、今回は縁がなかったと あきらめました。



「山名宗全のことば」の碑 の 拓本を採りに行ってきました

4月10日、山名の石碑の路(いしぶみのみち)に、採拓に行ってきました。


まず、「石碑の路」と書かれた大きな碑の採拓です。
この碑は、山名八幡宮の参道わきにあります。
作業前に会長と社務所へごあいさつに行き、境内2か所の採拓の許可を頂いています。
大きいので、先輩方と共同採拓です。正面が、山名八幡宮です。
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参道を横切って、高崎行きの上信電鉄の電車が行きました。参道は地下道になっています。
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ここが、地下道の入口です。意外と小さい。
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さくらをくぐって、線路をくぐるわけです。
さくらが盛りでした。
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よく見ると、ミツバチがいます。
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地下道を抜けて、随神門をくぐって、振り向くと、
随神門の間に、下仁田方面行きの上信電鉄の電車が見えました。
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さて、本題の山名宗全のことばの採拓です。単独採拓です。
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『凡(およ)そ例(れい)といふは 其時(そのとき)が例(れい)也(なり)』と、わたしは読みました。
例という漢字を、(れい)と読むか(たとえ)と読むか分かりませんが、
前例(ぜんれい)のことを言っているように思えたので、それを感じられるように(れい)にしました。

「塵塚物語 巻六 山名宗全と或大臣問答事」の中のことばです。『雑史集』p414に載っています。
一般に、「山名宗全の名言」としては、『およそ例という文字をば、・・・』と文の始まりの方がしられているが、
文の終わりに、内容をまとめてこの碑のことばで結んでいるので、こちらが碑文になっているのだろう。
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採拓も終わり、山名八幡宮の境内の「ピッコリーノ」というパン屋さんで、天然酵母のパンを買いました。
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上信電鉄の山名駅は、時間により無人駅になってしまいますが、
今日は疲れたので、早く終わりにしたので、切符が買えました。
いまでは、珍しくなった硬券(こうけん)です。
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駅で、上野三碑(こうずけ さんぴ)のタオルを買いました。250円。
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上野三碑(こうずけ さんぴ)の説明文が入っていました。
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上信電鉄の電車に乗って帰りました。





群馬石仏の会 第38回ふるさと石仏写真展 を見てきました

11月1日に、第38回ふるさと石仏写真展 を見てきました。

拓美の会を主宰していた、大塚省吾さんが関係していた会です。
今回は、写真展で、おもむきのある写真が展示されていました。

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案内はがき
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パンフレット
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表装習作展を見てきました

今日(10月18日)、日高病院へ行ったついでに、前橋まで足をのばして、
県庁昭和庁舎2階の、表装習作展を見てきました。

10月15日の上毛新聞に載っていました。
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パンフレット
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表導会の先生作品をはじめ、素晴らしいものばかりでした。
良い表装を見せていただきました。

2007年発行の『掛け軸仕立て135』では、「裱導会」と書かれていますが、
今は、「裱装」「裱具」と本来の文字は使わず、「表装」「表具」と書くのが普通に
なっていますので、「表導会」と書くようになったのでしょう。





「彩霞祭」のいしぶみの拓本展示を見てきました

10月16日の上毛新聞に、高崎商科大学の学園祭で、石碑の路に関連する展示の記事が載っていました。

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拓本同好会拓美の会で、「石碑の路」のことを知り、ウェブで高崎商科大学の再生プロジェクトを知っていました。
新聞の記事に、『新しいガイドブックを出版した』とあったので、見学と入手に行って来ました。

彩霞祭のパンフレットです。
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新しいガイドブックです。
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「石碑の路」は、昭和48年~昭和55年に、信澤克己さんが26基を建立したことに始まります。
平成20年のころには、碑の数が29基となったが、途中で放置されたものがいくつか見られました。

平成21年から、「高崎里山の会」,「観音山丘陵ネットの会」,高崎商科大学の協力で、
「石碑の路」再生プロジェクトが、15基の碑を建立したという事です。

ガイドブックには、新設された15基の碑の説明も載っていました。
既設と新設の44基の設置場所の分かるA3サイズの地図が付いています。
B5サイズで28ページで、石碑の路整備協力金1000円で購入しました。

今後の活動の一助になれば幸いです。






上毛新聞に、伊勢崎市境町の拓本展示会の記事が載っていました

10月7日の午後、伊勢崎市境町の拓本の作品展を見に行きました。

10月8日の上毛新聞に記事が載っていました。
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写真に載っているのは、会長はじめ、拓美の会の人が3名です。


ほとんどが軸装されていて、すごいと思いました。
倉賀野の養報寺の村上鬼城の句碑も採拓してありました。

パンフレットは次のとおりです。
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伊勢崎市の華蔵寺へ、拓美の会(拓本同好会)で、採拓に行って来ました

7月11日に、伊勢崎市の華蔵寺へ、拓美の会(拓本同好会)で、採拓に行って来ました。
華蔵寺の回りには、石碑や文化財がたくさんありますが、今回の採拓の対象は、
西国三十三番札所に因む線刻仏像画の石碑です。

華蔵寺は、天台宗のお寺です。
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国指定天然記念物の 華蔵寺のキンモクセイ がありました。
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この寺のうらの丘に、石碑がたくさんあります。
今回は、28番の丹後国成相寺(なりあいじ)と29番丹後国松尾寺(まつのおでら)の石碑を採拓しました。
どちらの碑も、丘の中腹にあり、傾斜のきつい場所での採拓になり、非常に疲れました。

28番の丹後国成相寺(なりあいじ)の石碑です。すこし小さめです。
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久しぶりの採拓なので、いろいろ教えてもらい,てつだってもらいました。
少しむらが目立ちますね。


29番丹後国松尾寺(まつのおでら)の石碑です。少し大きめで全紙1枚にちょうどよいくらいです。
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だいぶ薄めですね。傾斜地での作業のため、疲れ切って早めに終わりにしたためです。
こんなに傾斜地での作業がつらいものとは思いませんでした。

当日は、日差しも強く、十分に打ち込みが終わらないうちに紙が乾いてしまい、
2回ほど霧吹きで水分の補充をしましたが、満足に打ち込めませんでした。



拓美の会(拓本の会)の月例会に行って来ました。

6月13日に、拓美の会の月例会で高崎市中央公民館へ行って来ました。

5月の市川大門への採択旅行にも参加できなかったので、久しぶりです。

10時~12時だと思って行ったのですが、9時~12時だったようです。遅刻でした。

今回は、雨も降っていたので、表装の講習会です。
すごいですね。工程がいくつもあり、みな工夫が随所にあり感心しました。
ほんと、匠の技です。
見ていると、どんどん進んでいくのですが、私には到底できそうもありません。

次回は、天候しだいですが、伊勢崎か安中へ採拓に行く予定です。

会長から、句集を戴きました。
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帰りに高崎市立図書館で本を借りてきました。
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私のホームページで、『算法助術』の図形公式の証明を自分で理解しながら書いていたのですが、
途中で興味が薄くなって、やめてしまいました。
私は、円の直径をそのまま使って、どろくさく冗長なままで書いたのですが、
この本は、円の半径で、途中の細かな式の変形等省略されていて、
読んでいると簡単に分かるような気がします。
半日で読んでしまいました。

私のホームページの  「和算の図形公式」を学ぶ   の項目の追加は、当分先送りですね。



上毛電鉄「高崎商科大学前駅」に行ってきました。

5月24日、高崎商科大学前駅から山上碑(やまのうえのひ)への入口にも
碑があるという情報を聞いて、見に行ってきました。
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無人駅です。切符は運転手さんが回収してくれました。高崎から250円です。
帰りは、乗車時に整理券を取る必要があります。

駅から、上野三碑(こうずけさんぴ)の旗が見えます。
旗の近くに、碑らしきものが見えます。
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すぐに、見つかりました。
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万葉 巻4第710 です。
26番目の 万葉 巻4第709 の返歌です。
2000年に作られた拓本集「石碑之路」に、
『ワイヤーロープが切れてそのまま途中に放置された。』と書かれている。
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石が割れているように見えるのは、ワイヤーロープが切れた時の影響なのだろうか?
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26番の書体と合わせてある。2つが向かい合って設置されれば、
26番だけが、左行から右行へ書かれている理由も分かる気がする。


すぐ近くに、万葉 巻1第39 の碑がある。
これも、拓本集「石碑之路」に、
『どこかに建てられていることを願いつつ・・・』とあるものです。
よかったここにあります。
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高崎 「石碑の路(いしぶみのみち)」へ行ってきました

5月22日に、高崎観光ガイドの会が募集した、「世界記憶遺産候補 
山上碑(やまのうえのひ)、金井沢碑(かないざわのひ)と周辺を歩く」に参加して
高崎 「石碑の路」を歩いて来ました。

上信電鉄山名(やまな)駅~上信電鉄根小屋(ねごや)駅までの約6Kmです。
根小屋城址へは行きませんでした。

3月に拓美の会で、採択に行く予定でしたが、花粉症がひどく行けなかったところです。

はじめてのところへ、一人で行って採択は無理なので、全体像の把握を目標にしました。

今回は、40人ほどが3班に分かれて回ったのですが、人が写り込んでしまい
団体行動なので、あまり自由に写真をとることができませんでした。

ここには、山上碑(やまのうえのひ)、金井沢碑(かないざわのひ)のほかに、
万葉集の巻14東歌(あずまうた)や巻20防人歌(さきもりのうた)を刻んだ碑や
昭和天皇御製の歌,新島襄の言葉,山村暮鳥の詩,大手拓次の詩ほかが刻まれた碑
合わせて29基があります。

高崎市が作成した「高崎自然歩道ガイドマップ」(現在増刷中で入手できませんでした。)
に載っています。

今回はその、1~4,6~14,23~29の20基を見て来ました。
これらは、他のブログでも紹介されています。
今回、写真は撮れませんでしたので、興味のある方は他で見て下さい。

今回は、これ以上の碑を見ることができました。

29基の碑は、昭和50年(1975年)~平成13年(2001年)、信澤克己氏により
建てられたものですが、信澤氏が亡くなった時に、建設予定の碑が10数基残っていたようです。

2009年4月22日に、高崎商科大学の学生たちと、克己氏のご子息の信澤卓氏を中心に
 「石碑の路 再生プロジェクト」が始まり、
2012年8月18日、5基の追加設置が完了したようです。
現在は、残り10基の設置検討中ということです。

2012年9月7日の上毛新聞21面に紹介された記事です。
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上の記事は、信澤工業のスタッフブログからの転載です。

追加の5基の写真が撮れなかったので、
新緑の石碑の路を歩く(4) ( 群馬県 ) - 高崎市南八幡地域及び周辺の名所等を紹介しています。 - Yahoo!ブログ
からの転載です。
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建設中の4基も、十分に写真が撮れなかったので、
新緑の石碑の路を歩く(4) ( 群馬県 ) - 高崎市南八幡地域及び周辺の名所等を紹介しています。 - Yahoo!ブログ
からの転載です。
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現在は、次のように簡単な説明が付いていました。
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このほかに、3つ目の万葉 巻14第3473 の碑の近くに建設中のものが1基ありました。
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内容は、万葉 巻14第3473 です。
揮毫者が違う同じ内容の碑なのでしょうか?良く見てこなかったので、疑問符です。








2月8日に、拓本同好会(拓美の会)に行ってきました

高崎中央公民館で、10時~です。

・拓美の会 会則を受領(新しく清書されて印字された。)
・今年の会費支払い
・会長からお話し
・連絡網の確認
・3月の『石碑の路』での採拓の予定の詳細を決定
・5月に山梨県の大門碑林での採拓を計画

・講師から、表装のための各種裏打ちの実地紹介

講師は、非常に手際よく次々と作業しているが、各工程に
ノウハウがあり、実際に自分でできるか不安に思った。
作業には、道具や広い作業場所が必要になり、
私にはかなり遠いと感じた。 少し余裕ができないと難しい。

会場への行き帰りに、倉賀野駅を使った。

1番線ホームから、高崎行きの高崎線に乗ったが、
ホームでいつも思い出すことがある。

1番線ホームと4番線ホームは、国鉄からJR東日本に変わる時に
新しく作られたものだ。見える石材も古いホームとはだいぶ違う。

これが、1番線ホーム。
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こちらが、2番線ホーム。
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黒っぽい敷石は、古くからのものです。
白っぽい敷石は、改修の時に敷かれたものです。ここは、改札が有ったところかな。
当時は、駅前から直接この黒っぽい敷石のところへ来られました。

1番線ホーム,4番線ホームができた時に、駅も橋上駅になってしまい、
階段を上り下りしないと電車に乗れなくなりました。
年寄りには、大変です。




『萩原博志文学碑建立記念誌』という資料もありました

高崎市立中央図書館に、『萩原博志文学碑建立記念誌』という資料もありました。

萩原博志の七回忌に当たる昭和61年に建立されたものだそうです。
建立途中の写真も載っていました。
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公園入口の案内板にも、安中市のパンフレットにも無く、
ほかの碑にある説明板も無かったので、
かなり新しい碑なのだろうとは思っていました。

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大きいので、全紙サイズ1枚使いました。初めての採拓には大きすぎました。
全体に墨を置くのは大変なので、文字のまわりだけにしました。

文学については全く分からない私が、この碑を選んだのは、
情景が理解できるように思ったからです。

私が小さいころは、養蚕をやっている農家が身近にありました。
かいこは、4回脱皮してから繭をつくるのですが、
脱皮の時は桑を食べないので、「休み」と言います。

「休み」には、それぞれ名前がついています。
繭を作る前の4回目は、「庭休み」と呼びます。

「庭休み」を終えると、かいこは4日間程度はすごい食欲で桑を食べます。
シャーと雨が降るような音がします。

私の幼いころの記憶が戻ってきました。
詩の中で、「夕立」と言っているのは、
ゴロゴロという音で無く、夕立雨のザーザーという音だと思います。


1枚目は、大きく 手こずったので、2枚目は小さい碑を選びました。
全紙の半分で採ったのですが、4割くらい余りました。
小さいので、碑の外形も分かるように採りました。
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短い詩の中に、「夏」という漢字が2度ある、これで良いのかと思いましたが、・・・
「クマ」というのは、熊では無くて、黒い飼い犬の名前だろうと思います。




拓本を採りに安中市の磯部文学碑公園へ行ってきました  (1)

11月30日に、安中市の磯部文学碑公園へ行ってきました。
「拓美の会」(拓本同好会)の展示会を見てから、参加させてもらい、
いろいろ教えてもらっています。

今回は、2点の拓本を採りました。
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1枚目は、かなり大きな碑を選んでしまったので、文字の近くだけ墨を付けました。
写真では、このようなものです。
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ここの碑は、文字に白い塗料が入れてあり読みやすいですね。
あとで、碑の裏を見たら、建立時の説明がありました。
狭くて、写真がうまく取れなかったので、内容を書いてみました。
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2枚目は、かなり小さい碑を選びました。碑の石の外形まで墨を付けました。
写真では、このようなものです。
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こちらも、碑の裏に建立時の説明がありました。
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はやく気がつけば、碑の裏の拓本も採れたでしょうが、残念ながら帰る前でした。
次はがんばろう。
初心者としては、これで満足です。

磯部から見る妙義山(みょうぎさん)は、すごいですね。
迫力を感じます。倉賀野から見えるすがたとは、だいぶ違います。
磯部公園から見た妙義山です。ごつごつと、岩が盛り上がって行くようです。
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碓氷川の簗(やな)の近くから見た、妙義山です。
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帰りの磯部駅から横川方面を見た、妙義山です。
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写真では、感じた迫力を表せません。

他にも、いろいろ見て感じて来ましたので、-(2),-(3),-(4)くらいまで続きます。






拓本の作品展(拓美の会主催)を見てきました。

10月19日、市役所へ証明書をもらいに行ったかえりに、高崎シティギャラリーで、
拓本の展示会を見てきました。
上毛新聞に紹介が載っていたのを思い出したからです。

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3年ほど前に、拓本を採ろうと、インターネットで材料を購入したことが有りました。
結局、やってみてはいませんが。

展示会の拓本は、すばらしいものでした。