高崎・和算愛好会 管理人ブログ

カテゴリ:拓本関連 の記事一覧

6月5日、高崎の興禅寺へ拓本を採りに行ってきました

拓美の会で、採拓の許可を戴いていた、高崎の興禅寺に、拓本を採りに行ってきました。
「子育地蔵尊」の碑で、昭和40年代に建立されたものです。

山門の左に、地蔵堂が見えます。
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地蔵堂の正面です。
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地蔵堂の説明板の内容です。
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山門です。
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山門をくぐると、公園です。
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公園の先に、門があります。観光案内板があります。
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観光案内板の内容です。
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門の内側に、石造物があります。
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目的の「子育地蔵尊」です。
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採拓中です。
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6月11日、拓美の会(拓本同好会)の例会で、中央公民館へ行ってきました。



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拓美の会で、4月25日に、観音寺へ拓本を採りに行ってきました

観音寺の住職さんに、拓美の会の会長から採拓のお願いをしていました。
当日は、午前中は雨で、午後も夕方には風が強くなるので、短時間です。
今回の参加は、予定どおり、会長,副会長,私の3名です。

わたしの採った碑は、新しそうですが興味があるものです。

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4月20日,21日は、倉賀野の養報寺へ、拓本を採りに行ってきました

4月20日,21日は、倉賀野の養報寺へ、拓本を採りに行ってきました。
20日は、風が少し有り、うまく和紙が貼れず、21日に再チャレンジしました。

この碑は、玉村天満宮へ算額を奉納した、町田三津次郎(町田光次郎)の時世の句碑です。

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表面の拓本
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裏面の拓本
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3月12日、伊勢崎の華蔵寺へ、西国三十三観音の碑の拓本を採りに行ってきました

3月12日、伊勢崎の華蔵寺へ、西国三十三観音の碑の拓本を採りに行ってきました
昨年11月以降久しぶりの採拓です。
12月に倒れた時に右肩を打ち、右腕に心配があります。ほとんど、右腕の作業なので。
花粉症の頓服を飲んで参加です。

これは、西国六番の碑です。
元の碑が欠けてしまって、近くに再建されていました。黒い石でピカピカです。
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ちょっと、1つ目にしては、難しかったようです。
右腕が疲れてしまい、息が上がって、打ち込みが十分にできません。
墨付も、右腕がついていけません、紙が乾くスピードについていけません。

体力をだいぶ消耗しましたが、失敗作です。2枚目を採ってフォローする気にはなりませんでした。


2枚目は、西国十番の碑にしました。
聖観音なので、千手観音に比べてシンプルです。
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3枚目は、西国九番の碑を採りました。
写真は撮り忘れです。

何とか、右腕は使えそうです。
体力を少しつければ、普通に採拓できそうです。



上野三碑めぐりの無料バスで、石碑の路の碑を見て回りました

12月6日に、上野三碑めぐりの無料バスも利用して、石碑の路の碑を見て来ました。

上信電鉄の高崎商科大学前駅 ⇒ 徒歩 ⇒ 碑E,碑F ⇒ 徒歩 ⇒ 高崎商科大学前駅
⇒ 電車 ⇒ 山名駅 ⇒ 山名八幡宮無料バス停 ⇒ 無料バス ⇒ 山上碑東駐車場無料バス停 
⇒ 徒歩 ⇒ 碑5,碑H,碑I,碑J ⇒ 徒歩 ⇒ 山上碑東駐車場無料バス停 ⇒ 無料バス
⇒ 金井沢碑駐車場無料バス停 ⇒ 碑28,碑29,碑①,碑②,碑③,碑A,碑④,碑B,碑⑤,碑C,碑D
⇒ 山名八幡宮無料バス停 ⇒ 山名駅

無料バスは、平日は十分空席が有りそうです。
土日は利用者も多いようですが、今まで乗り切れないのは、1~2回だったということです。

無料バスは、来年3月31日までの予定ですが、上野三碑めぐりには、快適です。
道路の狭いところが多く、自家用車で回る人も、このバスのルートで回るのがおすすめです。


見て回った碑で、整備が漏れていると思った碑は、次の5つでした。
1.碑5 山名貯水池の碑  立ち入り困難な場所になってしまっています。
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2.碑J 石碑の路再生プロジェクトの説明板が壊れています。
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3.碑C 草に埋もれてしまったままです。
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  5月8日に拓本を採りに行った時は、このように見えました。
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4.碑D これも、草に埋もれてしまったままです。
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  5月8日に拓本を採りに行った時は、このように見えました。
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5.碑5 これは12月2日に身に行ったのですが 案内板が引き抜かれ放置されています。
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2015年に設置された碑は、整備から漏れる傾向があるようです。






上野三碑めぐりの、無料バスの時刻表です

12月2日に、山名の石碑の路の碑の写真を撮りに行ってきました。

山上碑を見に行った訳ではないのですが、山上碑の休憩所でむぎ茶を戴きました。
その時に、テーブルに貼ってあった、時刻表を記録して来ました。

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山名八幡宮の駐車場には、バス停が作られていました。

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私は乗りませんでしたが、無料バスで巡る人には、参考になると思います。





祝!上野三碑 世界の記憶 登録 、拓美の会の拓本展が終了しました。上野三碑は号外も出ました。

10月30日の上毛新聞に掲載されました。
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10月27日~11月1日で開催した、拓美の会の「拓本展」は、
開催中の10月31日に、上野三碑の世界の記憶登録が決まり 
お祝いの中 終了しました。


拓本展


上野三碑 号外

会員の記憶に残る拓本展でした。なんとか、記録も残せるように考えています。




拓本展石碑之路の 案内はがき と 出品目録 が完成しました

10月11日に、拓美の会の例会で、高崎中央公民館へ行ってきました。

拓本展の 案内はがき と 出品目録 が完成しました。

案内はがき
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出品目録
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伊勢崎市境町へ、境拓本同好会作品展を見に行ってきました

10月7日に、境拓本同好会作品展を見に行ってきました。
かなり大回りになりますが、高崎線、両毛線、東武伊勢崎線と乗り継いで、
前後の徒歩も入れると2時間弱の工程です。

拓美の会で、案内はがきのコピーをもらったのですが、
7日に無料体験コーナーがあると載っているので、7日に行けたらと思っていました。
案内はがきのコピー
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10月7日の上毛新聞にも載っていました。
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出品目録の表紙
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出品目録の裏表紙
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作品例1
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作品例2
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作品例3
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作品例4
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これが、体験コーナーの採拓用の板
採ってきた拓本を基にして、板を彫ったとのこと。非常に参考になった。
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作品例の写真は、フラッシュをたかないで撮った。
ピントが少しずれている。軸装の柄が良く撮れなかった。





「石碑之路(いしぶみのみち)に、拓本を採りに行ってきました。今年3回目です。

5月8日に、「石碑之路(いしぶみのみち)に、拓本を採りに行ってきました。
今年3回目です。
今回は、金井沢碑に近い方です。

今回の採拓の目的は、この碑です。
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碑のかたわらに、説明板があります。一緒に碑文の写真がありますが良く見えません。
万葉集 巻 第14 3417 です。
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採拓の途中です。
額縁(碑文の周りの部分をここではこのように言うことにします)は、51cm×34cmでした。
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今回は、疲れ切ってしまわないように、採拓は1つにしました。


時間が少しあるので、周りを散策しました。
今回採拓した碑は、道路の端にあります。
道路を走っていく自動車がありますが、その近くにバス停があります。
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これが、バス停です。
今朝、高崎駅西口8時20分のバスで、ここへ8時41分到着です。
アクセスは良い方なので、初心者の練習には手ごろです。特別な許可も得る必要はありません。
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この近くには、高崎商科大学が中心の「石碑の路」再生プロジェクトが設置してくれた碑が9つあります。
今回採拓した碑の少し先に、やはりバス通り端にあります。
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万葉集 巻 第14 4310 です。額縁は、48cm×33.5cmです。
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少し、バス停に戻る方向に、高崎自然歩道が出てくるのですが、そこにも1つ。
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万葉集 巻 第2 107 です。額縁は、89cm×28.5cmです。
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高崎自然歩道に入って、6つの碑が数10m間隔で並んでいます。近い方から。
万葉集 巻 第14 3409 です。額縁は、41cm×43cmで、下の端は接地しています。
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万葉集 巻 第20 4404 です。額縁は、60cm×43cmです。
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万葉集 巻 第14 3477 です。額縁は、59cm×40cmです。
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万葉集 巻 第14 3495 です。額縁は、55cm×42cmです。
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万葉集 巻 第14 3442 です。額縁は、44cm×42cmです。
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万葉集 巻 第14 3512 です。額縁は、68cm×34cmです。
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山名の「石碑の路(いしぶみのみち)」へ、拓本を採りに行ってきました

4月24日に、拓美の会で、山名の石碑の路へ採拓に行って来ました。

山ノ上碑駐車場から、石碑の路へ途中から入ります。
ここから先には、トイレがありません。採拓用に、水をペットボトルにたくさん持って出発です。
「高崎自然歩道」の案内板と、石碑の路4番目の碑が見えます。
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石碑の路4番目の碑です。万葉巻14-3403。
今日は、7番目の碑を目指して、先に進みます。
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長い石段です。水6リットル超と拓本用具を持って、2回休みで登りました。
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山ノ上碑へ到着です。
左のミドリの覆屋(おおいや)の中に、山ノ上の碑があります。
覆屋の窓から山ノ上碑を覗きました。覆屋には碑文の説明があります。

覆屋の右に、円墳があり、ますさらに右に石碑の路がつづきます。
左端に、石碑の路6番目の碑があります。万葉巻14-3402。
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覆屋に向き合って、説明板があります。
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7番目の碑が、路の右に見えてきました。
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7番目の碑の説明板です。万葉巻14-3545。
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7番目の碑です。カタカナで書かれています。
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採拓しました。なかなか満足できるものが取れず、2枚取りましたが、体力が続かず、
2枚で終わりにしました。ちょっと不満。
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採拓中に気になったのですが、揮毫は山本聿水(やまもといっすい)ですが、
カタカナで「イッスイ カク」とあるだけです。
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ほかの、山本聿水の揮毫の碑はどうなのか?11番の碑を見に行きました。
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う~む。11番の碑は、本文は、万葉かな 名前は漢字で落款ありです。疑問は解決しませんでした。
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万葉巻14-3531です。
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お昼も食べて、体力も少し戻ったので、採拓しました。
碑面に丸みがあって、拓本にシワが出てしまいます。2回試みたが、うまく採れなかった。
からだもクタクタで、ここであきらめました。
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山本聿水とあるはずですが、「聿」の字はそれらしく見えます。
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今回は、疲労困憊で帰ってきました。2日間も腕,ももの筋肉痛が残りました。
去年に比べて体力の衰えが気になります。





色彩魚拓は、見に行けませんでした

4月15日の上毛新聞に、色彩魚拓の作品展の記事が載っていました。

「色彩魚拓は、魚に和紙をかぶせて顔料を含ませた綿でたたきながら制作する。」と
あり、魚に墨を塗って取る魚拓とはまったくちがうものです。

わたしがやっている拓本と同じようなものです。

拓本にも、色彩拓というのがありますが、その仲間です。
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16日に行こうとしたのですが、「サラダパークぬまた」までは、JR東日本の沼田駅から
バスで30分ほどのところにあり、土日はバスが4往復しかない。
月~金なら、バスも倍くらいあるのに。

残念ながら、今回は縁がなかったと あきらめました。



「山名宗全のことば」の碑 の 拓本を採りに行ってきました

4月10日、山名の石碑の路(いしぶみのみち)に、採拓に行ってきました。


まず、「石碑の路」と書かれた大きな碑の採拓です。
この碑は、山名八幡宮の参道わきにあります。
作業前に会長と社務所へごあいさつに行き、境内2か所の採拓の許可を頂いています。
大きいので、先輩方と共同採拓です。正面が、山名八幡宮です。
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参道を横切って、高崎行きの上信電鉄の電車が行きました。参道は地下道になっています。
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ここが、地下道の入口です。意外と小さい。
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さくらをくぐって、線路をくぐるわけです。
さくらが盛りでした。
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よく見ると、ミツバチがいます。
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地下道を抜けて、随神門をくぐって、振り向くと、
随神門の間に、下仁田方面行きの上信電鉄の電車が見えました。
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さて、本題の山名宗全のことばの採拓です。単独採拓です。
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『凡(およ)そ例(れい)といふは 其時(そのとき)が例(れい)也(なり)』と、わたしは読みました。
例という漢字を、(れい)と読むか(たとえ)と読むか分かりませんが、
前例(ぜんれい)のことを言っているように思えたので、それを感じられるように(れい)にしました。

「塵塚物語 巻六 山名宗全と或大臣問答事」の中のことばです。『雑史集』p414に載っています。
一般に、「山名宗全の名言」としては、『およそ例という文字をば、・・・』と文の始まりの方がしられているが、
文の終わりに、内容をまとめてこの碑のことばで結んでいるので、こちらが碑文になっているのだろう。
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採拓も終わり、山名八幡宮の境内の「ピッコリーノ」というパン屋さんで、天然酵母のパンを買いました。
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上信電鉄の山名駅は、時間により無人駅になってしまいますが、
今日は疲れたので、早く終わりにしたので、切符が買えました。
いまでは、珍しくなった硬券(こうけん)です。
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駅で、上野三碑(こうずけ さんぴ)のタオルを買いました。250円。
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上野三碑(こうずけ さんぴ)の説明文が入っていました。
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上信電鉄の電車に乗って帰りました。





群馬石仏の会 第38回ふるさと石仏写真展 を見てきました

11月1日に、第38回ふるさと石仏写真展 を見てきました。

拓美の会を主宰していた、大塚省吾さんが関係していた会です。
今回は、写真展で、おもむきのある写真が展示されていました。

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案内はがき
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パンフレット
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表装習作展を見てきました

今日(10月18日)、日高病院へ行ったついでに、前橋まで足をのばして、
県庁昭和庁舎2階の、表装習作展を見てきました。

10月15日の上毛新聞に載っていました。
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パンフレット
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表導会の先生作品をはじめ、素晴らしいものばかりでした。
良い表装を見せていただきました。

2007年発行の『掛け軸仕立て135』では、「裱導会」と書かれていますが、
今は、「裱装」「裱具」と本来の文字は使わず、「表装」「表具」と書くのが普通に
なっていますので、「表導会」と書くようになったのでしょう。





「彩霞祭」のいしぶみの拓本展示を見てきました

10月16日の上毛新聞に、高崎商科大学の学園祭で、石碑の路に関連する展示の記事が載っていました。

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拓本同好会拓美の会で、「石碑の路」のことを知り、ウェブで高崎商科大学の再生プロジェクトを知っていました。
新聞の記事に、『新しいガイドブックを出版した』とあったので、見学と入手に行って来ました。

彩霞祭のパンフレットです。
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新しいガイドブックです。
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「石碑の路」は、昭和48年~昭和55年に、信澤克己さんが26基を建立したことに始まります。
平成20年のころには、碑の数が29基となったが、途中で放置されたものがいくつか見られました。

平成21年から、「高崎里山の会」,「観音山丘陵ネットの会」,高崎商科大学の協力で、
「石碑の路」再生プロジェクトが、15基の碑を建立したという事です。

ガイドブックには、新設された15基の碑の説明も載っていました。
既設と新設の44基の設置場所の分かるA3サイズの地図が付いています。
B5サイズで28ページで、石碑の路整備協力金1000円で購入しました。

今後の活動の一助になれば幸いです。






上毛新聞に、伊勢崎市境町の拓本展示会の記事が載っていました

10月7日の午後、伊勢崎市境町の拓本の作品展を見に行きました。

10月8日の上毛新聞に記事が載っていました。
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写真に載っているのは、会長はじめ、拓美の会の人が3名です。


ほとんどが軸装されていて、すごいと思いました。
倉賀野の養報寺の村上鬼城の句碑も採拓してありました。

パンフレットは次のとおりです。
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伊勢崎市の華蔵寺へ、拓美の会(拓本同好会)で、採拓に行って来ました

7月11日に、伊勢崎市の華蔵寺へ、拓美の会(拓本同好会)で、採拓に行って来ました。
華蔵寺の回りには、石碑や文化財がたくさんありますが、今回の採拓の対象は、
西国三十三番札所に因む線刻仏像画の石碑です。

華蔵寺は、天台宗のお寺です。
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国指定天然記念物の 華蔵寺のキンモクセイ がありました。
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この寺のうらの丘に、石碑がたくさんあります。
今回は、28番の丹後国成相寺(なりあいじ)と29番丹後国松尾寺(まつのおでら)の石碑を採拓しました。
どちらの碑も、丘の中腹にあり、傾斜のきつい場所での採拓になり、非常に疲れました。

28番の丹後国成相寺(なりあいじ)の石碑です。すこし小さめです。
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久しぶりの採拓なので、いろいろ教えてもらい,てつだってもらいました。
少しむらが目立ちますね。


29番丹後国松尾寺(まつのおでら)の石碑です。少し大きめで全紙1枚にちょうどよいくらいです。
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だいぶ薄めですね。傾斜地での作業のため、疲れ切って早めに終わりにしたためです。
こんなに傾斜地での作業がつらいものとは思いませんでした。

当日は、日差しも強く、十分に打ち込みが終わらないうちに紙が乾いてしまい、
2回ほど霧吹きで水分の補充をしましたが、満足に打ち込めませんでした。



拓美の会(拓本の会)の月例会に行って来ました。

6月13日に、拓美の会の月例会で高崎市中央公民館へ行って来ました。

5月の市川大門への採択旅行にも参加できなかったので、久しぶりです。

10時~12時だと思って行ったのですが、9時~12時だったようです。遅刻でした。

今回は、雨も降っていたので、表装の講習会です。
すごいですね。工程がいくつもあり、みな工夫が随所にあり感心しました。
ほんと、匠の技です。
見ていると、どんどん進んでいくのですが、私には到底できそうもありません。

次回は、天候しだいですが、伊勢崎か安中へ採拓に行く予定です。

会長から、句集を戴きました。
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帰りに高崎市立図書館で本を借りてきました。
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私のホームページで、『算法助術』の図形公式の証明を自分で理解しながら書いていたのですが、
途中で興味が薄くなって、やめてしまいました。
私は、円の直径をそのまま使って、どろくさく冗長なままで書いたのですが、
この本は、円の半径で、途中の細かな式の変形等省略されていて、
読んでいると簡単に分かるような気がします。
半日で読んでしまいました。

私のホームページの  「和算の図形公式」を学ぶ   の項目の追加は、当分先送りですね。



上毛電鉄「高崎商科大学前駅」に行ってきました。

5月24日、高崎商科大学前駅から山上碑(やまのうえのひ)への入口にも
碑があるという情報を聞いて、見に行ってきました。
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無人駅です。切符は運転手さんが回収してくれました。高崎から250円です。
帰りは、乗車時に整理券を取る必要があります。

駅から、上野三碑(こうずけさんぴ)の旗が見えます。
旗の近くに、碑らしきものが見えます。
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すぐに、見つかりました。
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万葉 巻4第710 です。
26番目の 万葉 巻4第709 の返歌です。
2000年に作られた拓本集「石碑之路」に、
『ワイヤーロープが切れてそのまま途中に放置された。』と書かれている。
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石が割れているように見えるのは、ワイヤーロープが切れた時の影響なのだろうか?
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26番の書体と合わせてある。2つが向かい合って設置されれば、
26番だけが、左行から右行へ書かれている理由も分かる気がする。


すぐ近くに、万葉 巻1第39 の碑がある。
これも、拓本集「石碑之路」に、
『どこかに建てられていることを願いつつ・・・』とあるものです。
よかったここにあります。
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