高崎・和算愛好会 管理人ブログ

4月8日、花を見ながら散歩しました

4月8日 倉賀野観光ガイドの会 総会 (新入会員紹介、新年度活動方針&計画)
      総会の後、花見を予定していましたが、あいにくの小雨で、
      おもてなし館で、お弁当になりました。

      おもてなし館に新規設置した、高崎藩の大名行列のジオラマ(?)の
      説明を聞きました。

午後は、雨もあがり、花見の散歩をしました。

安楽寺の さくら です。
今日は、花まつりです。
今朝、お参りして、あまちゃを掛けてきたので、午後は門前で失礼しました。
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倉賀野神社境内の さくら です。
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井戸八幡宮の さくら です。
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稲荷道のわきの さくら です。
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ここの さくら は、ほかに比べて、散り始めているようにみえますが、
1輪のままで落ちています。はなびらが落ちているわけではないです。
鳥(スズメやヒヨドリ)によるものでしょう。
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さくら ばかりになってしまいましたが、レンギョウもきれいでした。
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先週の3件

2月19日 「わたしの ふるさとを 倉賀野を 知ろう」小学生と家族の、街歩きガイド実施。

       風の強い寒い日だった。

       参加者は、予定の半分でした。 

       田子屋(たごや)の町内会の人々のご厚意で、
       田子屋の獅子舞の、獅子頭を出してもらいました。

2月22日 棟高「27会」の、街歩きガイド実施。

       天候は、よい日でした。

       自分たちは、満足がいくガイドでした。まだまだ課題は、多いですが。

2月25日 宿の会    今回は、相撲甚句  でした。

       上州相撲甚句会の方が、すばらしい相撲甚句を披露してくれました。

       アードスコイ ドスコイ     ホイ   という合いの手を覚えました。




  

「わたしのふるさと倉賀野を知ろう」小学生および保護者にガイドしました

倉賀野観光ガイドの会、今年2回目の活動です。
1回目は、1月12日の定例会だったので、
昨日(1月29日)は、実際のガイドとしては、今年はじめてです。

主催者は、倉賀野地域づくり協議会です。4~5名。
参加者は、小学生と保護者で、27名です。

ガイドの会は、7名参加なので、2班構成で実施です。

私は、第2班のガイド担当責任で、はじめてのマイク使用のガイドでした。

小学生メインの企画でしたが、閻魔堂(えんまどう)で閻魔様をのぞくくらいで、
特に子供向けの内容は、用意していません。
ほとんど保護者向けになってしまいます。

はじめてのマイクは、あまりうまくいきませんでしたが、ほぼ予定の内容をこなし、
小学生も、飽きることなく終了できました。
終了予定時間を勘違いしていたため、15分前で終了しました。
でも、このくらいでよさそうです。

朝は、底冷えがするような曇り空でしたが、しだいに晴れてあたたくなり、
風もなく、冬の街歩きとしては、良い日でした。



歴史博物館主催の、「倉賀野を歩こう」に参加しました

10月16日、群馬県歴史博物館主催の、「倉賀野を歩こう」に参加しました。

3時間にわたって、歴史博物館のジオラマを作成した学芸員さんにガイドを受けて、
倉賀野の町を歩きました。

倉賀野は、中山道の陸運と河岸の舟運を同時に持つ近世の特別な宿場だったそうです。

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説明パンフレット表紙
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「鰥寡孤独」の読みを調べてみました

6月29日の初ガイドの時に、高札の読み方の質問がありましたが、答えられませんでした。

次の写真で示す高札です。
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ウィキペディアで調べてみると、鰥寡孤独(かんかこどく)と読むそうです。

それぞれの文字の意味は、次のとおりです。
」とは61歳以上のやもめ(妻を亡くした夫)
」とは50歳以上の未亡⼈
」とは16歳以下の⽗親のいない⼦供
」は61歳以上の、⼦供がいない者


この高札は、慶応4年3月15日(西暦1868年4月7日)に、新政府が初めて立てた五つの高札、五榜の掲示(ごぼうのけいじ)の第一札です。

この時の、太政官布告第158号が、『法令全書』に載っていますので、ここに載せて置きます。

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これで、次のガイドの時は、知ったかぶりができる。
この高札場を復元した先人のことを尊敬します。



倉賀野観光ガイドの会の初ガイド

6月29日に、倉賀野観光ガイドの会で初ガイドをやってきました。

1か所だけ担当しましたが、なかなか思うようにはいかないものです。

説明の途中で、思わぬ質問に答えられず、あたふた、時間切れ終了。
100点満点で20点くらいでした。

これに懲りずに、練習します。まだ、3回しか研修もなかったし。

翌日の上毛新聞に載っていました。
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「倉賀野観光ガイドの会」に入会しました

5月18日は、「拓美の会」で山梨県の市川大門へ採拓に行く予定でしたが、
参加できませんでした。

5月12日に、会費を納入して、正式に「倉賀野観光ガイドの会」に入会しました。
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高崎市の名所旧跡案内板の、倉賀野地区22か所が分かりました。

先日、ブログに書いた17か所以外の5か所は次のとおりです。

69.小鶴巻古墳
71.下正六の石橋供養塔
77.倉賀野電修場跡
83.天下一角兵衛流 田子屋の獅子
88.一本杉

倉賀野地区22か所は、68番~89番までの番号が付いていました。

一応、すべて見て回ったが、ガイドにの会の講師から、
『完全に間違えているところがある。』と聞いています。
内容はまだ分かりません。

私が、見て回った限りでも、「誤記や誤字、脱字」がいくつかあり、
読み方の分からない漢字、熟語?がいくつもありました。

次回、5月23日の、ガイドコースの案内の時に一緒に教えてくれるそうです。

私が、まったく知らなかったものを載せておきます。
71.下正六の石橋供養塔

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案内板の後ろに、フレッセイ倉賀野西店の看板が見えます。

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五貫堀から分かれて、粕沢へ流入する用水にかかる橋なのでしょう。
今は、橋のようには思えませんが、良く見れば橋ですね。

写真の右側が石橋供養塔です。
上の方に、合掌した像がありますが、良く分かりません。
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右の面に、 安永七戊戌年 四月吉祥日
左の面に、 下正六中  6名の名前

左側が如意輪観音塔です。座像です。
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像を取り巻くように、文字があります。
右側 文化十二年
上側 亥
左側 四月吉日

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裏側に、「下正六村中 石橋せハ人」とあり、10名の姓名が刻まれています。